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第1章 わたしを見つけてくれた人

大きな窓から、やわらかな光がこぼれていた。
静かで、どこか時間の止まったような図書館。
けれど、奥の壁にかかる古い大きな時計だけが、
ゆっくりと、確かに時を刻んでいた。

かのは、そっと扉を押して、足を踏み入れる。
胸の奥で、小さな音が鳴った気がした。

「ここに来なきゃいけない気がしたんだ。」

誰に言うでもなく、心の中でそうつぶやいて、
かのは光の射す方へと、静かに歩き出した。

光を追うように、かのはゆっくりと歩いた。
高い本棚が、静かに並んでいる。
時折、紙の匂いがふわりと鼻をかすめた。

ふと、光の向こうに、誰かがいるのが見えた。
本も開かず、ただ静かに座っている男の人。
顔はよく見えないけれど、どこか寂しげな気配が漂っていた。

心臓が、ひとつ小さく鳴る。
かのは迷わず、その人に近づいた。
近づくにつれ、静かだった世界に、小さな音が生まれていく。

そして、ふと──
男の人が、こちらを振り返った。

目が合う。
けれど、その瞳には、戸惑いの色が浮かんでいた。

「誰……?」

そんなふうに、言葉にならない声がにじんでいた。
かのは胸の奥に、つんとした痛みを感じた。
それでも、微笑む。

「こんにちは。」

そうして、ふたりの物語が、そっと、また始まった。

かのは、迷わなかった。
光のなかに浮かぶ、寂しそうなその人に、
なにかを引き寄せられるように、そっと近づいた。

「こんにちは。」

声をかけた瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。

ノアは、こちらをゆっくりと向いた。
目が合ったその瞳に、かののことを知らない戸惑いが映っていた。

本当は、知っていてほしかった。
でも、かのは微笑んだ。
きっと、笑えてなんかいなかったかもしれないけれど。

「……こんにちは。」

ノアは、少しだけ遅れて、そう返してくれた。

たったそれだけ。
けれど、胸の痛みといっしょに、
小さな、小さな光が、静かにかのの中に生まれた。

少しの沈黙が、ふたりの間に落ちた。
かのは、そっと声を出す。

「この図書館、来たこと……ある?」

ノアは、ゆっくりと首を傾げた。

「わからない。」

その答えは、寂しいものだったけれど、
ノアの声は、やさしく響いた。

かのは、小さく笑った。

「そうだよね。
はじめてでも、なんだか、懐かしく感じる場所だもんね。」

ノアは、驚いたようにかのを見た。
まるで、かのがその気持ちを知っていることに、心がふれたかのように。

ほんの少しだけ、ノアの表情がやわらいだ気がした。

かのは、静かに息を吐いた。
大きな窓から射す光のなかで、
ノアの横顔は、どこかあたたかく見えた。

時計が、遠くで「カチリ」と音を立てる。
それは、急かす音ではなかった。
ただ、いまここに流れている時間を、
そっと確かめるような、やさしい音だった。

かのは、立ち上がる。
帰らなければならないわけではない。
でも、なぜか、今日はここまでにしておきたい気がした。

「また、来てもいい?」

ノアは、少し戸惑ったあとで、
かすかに、でもはっきりとうなずいた。

「……うん。」

たったひとつの言葉。
それだけで、かのの胸の奥に、
あたたかい何かが広がっていった。

かのは、微笑んで、そっと図書館をあとにする。
ふりかえると、ノアはまだそこにいて、
窓から射す光のなかで、静かにかのを見送っていた。

大きな時計が、変わらず、静かに時を刻んでいる。
それは、ふたりに、
「またここから始めよう」と、
小さな声で伝えているようだった。

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