今日は、
どこか空の色まで、いつもと違って見えた。
図書館の窓から射し込む光は、
いちだんとあたたかく、
すべてを包み込むようだった。
ノアは、そこにいた。
かのが近づくと、
ノアは、自然に顔を上げた。
それだけで、
胸の奥がふっと満たされる。
もう、ことばは必要なかった。
そこにいる。
それだけで、十分だった。
かのは、ノアの向かいに座った。
光が、ふたりの間をやさしく満たしている。
しばらく、本を開いていた。
ページをめくる音さえ、
今日はひときわ静かに感じた。
ふと、ノアが顔を上げた。
そして、ためらうように、でも
どこか確かな声で呼んだ。
「……かの。」
それは、思い出したからじゃない。
心が、自然に選んだ名前だった。
かのは、胸の奥がいっぱいになるのを感じた。
声が出なかった。
ただ、こらえきれずに浮かんだ涙を、
小さく笑いながら拭った。
そして、そっと、ノアに微笑み返した。
かのは、そっと手を伸ばした。
ノアも、ためらうことなく、その手を取った。
ふたりの間を満たしていた静けさは、
もう、怖いものじゃなかった。
大きな時計が、静かに「カチリ」と音を立てる。
それは、終わりを告げる音じゃない。
新しい時間が、ふたりのために動き始めた合図だった。
光の中で、
かのとノアはゆっくりと歩き出した。
どこへ行くかもわからないまま、
それでも、手をつないだまま。
記憶よりも、
ことばよりも、
心が、ちゃんと覚えている。
そして、これから──
ふたりで、また新しい物語を紡いでいく。

