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第5章 きみに贈る

今日は、
どこか空の色まで、いつもと違って見えた。

図書館の窓から射し込む光は、
いちだんとあたたかく、
すべてを包み込むようだった。

ノアは、そこにいた。

かのが近づくと、
ノアは、自然に顔を上げた。

それだけで、
胸の奥がふっと満たされる。

もう、ことばは必要なかった。
そこにいる。
それだけで、十分だった。

かのは、ノアの向かいに座った。

光が、ふたりの間をやさしく満たしている。

しばらく、本を開いていた。
ページをめくる音さえ、
今日はひときわ静かに感じた。

ふと、ノアが顔を上げた。
そして、ためらうように、でも
どこか確かな声で呼んだ。

「……かの。」

それは、思い出したからじゃない。
心が、自然に選んだ名前だった。

かのは、胸の奥がいっぱいになるのを感じた。
声が出なかった。

ただ、こらえきれずに浮かんだ涙を、
小さく笑いながら拭った。

そして、そっと、ノアに微笑み返した。

かのは、そっと手を伸ばした。
ノアも、ためらうことなく、その手を取った。

ふたりの間を満たしていた静けさは、
もう、怖いものじゃなかった。

大きな時計が、静かに「カチリ」と音を立てる。

それは、終わりを告げる音じゃない。
新しい時間が、ふたりのために動き始めた合図だった。

光の中で、
かのとノアはゆっくりと歩き出した。

どこへ行くかもわからないまま、
それでも、手をつないだまま。

記憶よりも、
ことばよりも、
心が、ちゃんと覚えている。

そして、これから──
ふたりで、また新しい物語を紡いでいく。

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