第2話|まいごのくつしたと、パンのかおり
朝焼けの空を背に、ハリーとコットは小さな坂をのぼっていました。
まだ町は静かで、すこし肌寒い空気のなかを、ふたりはことこと歩きます。
「ねえ、コット。あれ……けむり?」
坂の先に、ふわりと白い煙が立ちのぼっていました。
「うん。あれはきっと、パン屋さんだね」
コットがにっこり笑うと、ほんのり甘くて香ばしいにおいが風にまじってきました。
石畳の角をまがると、木の扉の小さなパン屋さん。
その前のベンチに、なにかが落ちています。
「……あれ、くつした?」
ハリーはちょこんと座っていた赤い水玉のくつしたを見つけました。
片っぽだけ。とても小さい、子ども用のようです。
「風に飛ばされたのかな? それとも、誰かが落としちゃったのかな……」
ハリーはそっと手に取って、心配そうな顔。
「おはようさん。パンのにおいにひかれてきたのかい?」
奥から出てきたのは、白いエプロンをつけたパン屋のおばあさん。
にこにこと、ふたりを見つめています。
「そのくつしたね、たぶん、さっきまでここにいた女の子のかもしれないよ。
泣きながらパンを買いに来てね、お母さんとけんかしたんだって。」
ハリーはぎゅっと靴下をにぎりしめました。
コットは小さくうなずくと、おばあさんに尋ねました。
「どっちのほうに行ったか、わかりますか?」
「うーん、あっちの公園のほうへ向かってたよ。
でもその前に──特別なパンをあげるね」
おばあさんはそう言って、ふたりのリュックにあたたかいパンを入れてくれました。
ハリーとコットは顔を見合わせて、「ありがとう」とぺこり。
くつしたとパンをリュックに入れて、また朝の道を歩き出します。
ハリーがふっと笑いました。
「ねえ、コット。なんだか“しあわせのにおい”がするね」
コットも空を見上げながら、ぽつりとこたえます。
「うん。それって、パンのこと? それとも……」
ふたりのあしあとが、すこしだけ軽くなって、
赤いくつしたが、朝の光にきらきら揺れていました。
🌱きょうのひとこと:
「しあわせのにおいは、パンのにおいと、だいたい似てる。」